« mtrlzng II » | 情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] 車輪の再発明プロジェクト

情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] 『車輪の再発明プロジェクト 』

過去の技術は現代に近づくにつれて加速度的に時代遅れのものとなっています。車輪の再発明プロジェクトではメディア表現に関わる実践を通じて歴史を読み替え、ありえたかもしれない「今」をつくりだします。教員、学生からなるプロジェクトの参加者は、旧来のアートやデザインという枠に囚われること無く、各々の関心に応じたメディアの過去を読み解き、現在の素材や加工技術、社会情勢を踏まえたそのあり方を探っていきます。例えば、レコードやプロジェクションを再発明することで、音楽や映像そのものが大きく変わり得るように、対象とするメディアの製作を通じて、表現のあり方そのものを再定義することを試みます。このプロジェクトでは、時折のゲストを交えつつ、ゼミ形式で行う、調査・体験・読解・議論・製作・公開、という一連の流れを通じて、いかにして「巨人の肩の上に立つ」事ができるか、その技術と知識の習得を目指します。


2014-07-25 60D 045.jpg城一裕 『月の光に  エドアード・レオン・ スコットと モホイ=ナジ・ラースローへ  1860/1923/2014』

素材/技法:木(MDF),Adobe Illustrator,レーザーカッター
制作協力:ジョン・スミス(情報科学芸術大学院大学 [IAMAS]),IAMASイノベーション工房,
東京藝術大学芸術情報センター [AMC]

「再生する楽器であるグラモフォンから再生ではなく創造する楽器をつくること,そしてあらかじめ吹き込むべき音響なしにいきなり必要な溝をそこに掘り込み,そのレコード盤上で音響という現象じたいを発生させるようにすること」 モホリ=ナジ (1923)

1923年,バウハウスのマイスター,モホリ=ナジは,あらかじめ吹き込むべき音響がないレコード盤を作り出すことを提案しました.当時は,挑発的なアイデアにすぎなかったそのレコード盤を,90年後の今,成熟したアナログレコードの技術と,パーソナル・ファブリケーションの道具の助けによって実現したものが本作品です.

本作品では, 吹き込むべき音響(音源)の代わりに直接波形を描くという手法を用いて,1860年にフランスの発明家レオン・スコットが記録した(現段階で)人類最古の録音と言われる,フランス民謡の「月の光に」<Au Clair de la Lune> を,素材の表面に水平方向の溝として刻んでいます.


2014-08-01 60D 098.jpg城一裕 『断片化された音楽』

素材/技法:アクリル,Adobe Illustrator,レーザーカッター
画像(溝)提供:蛭澤法子(情報科学芸術大学院大学 [IAMAS])
制作協力:IAMASイノベーション工房,東京藝術大学芸術情報センター[AMC]

参考資料:
・Jo, K. and Ando, M., “cutting record – A Record without (or with) Prior Acoustic Information,” Proceedings of NIME 2013, pp. 283-286 (2013).
・Milan Knizak, “Broken Music Composition, 1979”, https://www.youtube.com/watch?v=88ONydyRX7c
・ロラン・バルト,ムジカ・プラクティカ,第三の意味─ 映像と演劇と音楽と,みすず書房,pp. 177-184 (1984).

「音楽においては,楽器が,それによって可能となる表現に先行することがよくある.新しい楽器が多かれ少なかれ,雑音という性格をもつのは,このためである.」ジャック・アタリ

フランスの思想家,ジャック・アタリはその著書「ノイズ― 音楽/貨幣/雑音」の中で,音楽は社会の残余に先駆け,楽器はその音楽に先行する,と述べています.レコードに関わる音楽においても,
1887年のベルリナーによるグラムフォンの発明以降,例えば素材として煎餅やチョコレート,氷を使ったり,中心以外に穴を開けたり,ビニール盤を直接こすったり,とこれまでに数多くの実験的な試みがなされてきました.

本作品は,レーザー光を用いてアクリル板に直接刻まれた溝を円弧状に切り出す,という手法を用い,各々の聴取者・演奏者がループするシーケンスに沿って物理的に音を組み替えることで,様々なリズムを生み出します.すこの作品は,チェコの作家ミラン・二ザックによる,破壊したレコードを再構成した作品「Broken Music」に影響を受けつつも(両者の繋ぎ目からは驚くほど似通った音響が生み出されます),インターネットによって音楽の非物質化が行き届いた今,かつてロラン・バルトが論じた,聴く音楽と演奏する音楽,とそのあいだ,に対する問いを改めて投げかけます.


2014-08-01 60D 102.jpgクワクボリョウタ・瀬川晃 『写植文字盤による多光源植字』

2014

素材/技法:写真植字「石井太明朝」メインプレート、LED、レンズ
画像(溝)提供:蛭澤法子(情報科学芸術大学院大学 [IAMAS])
参考文献:
松田哲夫『印刷に恋して』晶文社 pp. 44–61 (2002).
PAVO・SPICA用『画引き索引帳』株式会社写研 (1977).

1890年前後から主にイギリスとドイツで研究が進められ、石井茂吉と森澤信夫により国内では1925年開発された写真植字機。メインプレート(横:384mm/縦:224mm)には1書体2862字が収容されている。

鉛でできた活字という物理的制約から解放され、光によって大きさ・角度・輪郭など自由を手に入れた得た写真植字。デジタルデータへ集約されるまでの時を経て、今、儚い光は何を照らすのだろうか。


2014-08-01 60D 101.jpgクワクボリョウタ 『針穴をあけた紙を通したRGB光源による網点プロジェクション』

2014
素材/技法:黒ケント紙、LED

本作は、RGBに分解したピクセルデータをもとに、その明度に比例した直径の穴を黒ケント紙に穿ち、それぞれにRGBの点光源を照射してフルカラーの影像を得るものである。
これは原理上、原理的にはCMY(K)による網点印刷の「裏」にあたる。

本作ではフェルメールの「真珠の首飾りの少女」を元画像として借用した。オリジナルと同寸に投影した場合、解像度は約3.7dpiとなる。
この影像が極端な低解像度であるにかかわらず、それなりのリアリティをもつのは元の絵の眼差しの強さに負うところが大きいが、
光りの回折によるぼけみも、一定の効果を持っている。


 

[essay: 情報と物質とそのあいだ]

“車輪の再発明”

– 城一裕

実践を通じて歴史を読み替え,ありえたかもしれない「今」をつくりだす.

私たちのプロジェクトの研究概要の一文である.

ここにある(あってしまっている)今,に対して,未来を夢想する,過去を懐かしむ,のではなく,歴史を読み解き,現時点での再発明を試みる私たちのアプローチは,例えば著作権に対してのクリエイティブ・コモンズや通貨に対するビットコインのように,実践を通して対象のあり方そのものを再定義する試みともいえる.

今回の展示で取り上げた,アナログレコード(「月の光に」,「断片化された音楽」),網点(「針穴をあけた紙を通したRGB光源による網点」),写植(「写植文字盤による多光源植字」),という各々のメディアは,ベクトルグラフィックソフトウェアや,レーザーカッター,高輝度LED,といった当時存在しなかった環境の下,新たな技法として読み解かれることで,単なるノスタルジーではない各々のあり得る姿をみせてくれる.

「情報と物質とそのあいだ」において,冒頭の一文は,
過去の情報を素材として,今の環境を踏まえ再び物質とする,
と読み換えられるかもしれない.「そのあいだ」は受け手に委ねられている.

参考資料
・情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] 車輪の再発明プロジェクト http://www.iamas.ac.jp/projects/145

 



[出展プロフィール]

www.iamas.ac.jp

城一裕

1977年福島生まれ。専門は音響学、インタラクションデザイン。著書に『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(共著、フィルムアート社、2013)。古舘健、石田大祐、野口瑞希と参加型の音楽の実践である「The SINE WAVE ORCHESTRA」、金子智太郎と生成音楽の古典的な名作を再演する「生成音楽ワークショップ」を共同主宰。

クワクボリョウタ

エレクトロニクスを使用したガジェット的な作品の制作から活動を開始し、近年ではインスタレーションや映像などへ活動の場を広げる。代表作に「ビットマン」(明和電機とのコラボレーション)「loopScape」「ニコダマ」などがある。2010年に発表した光と影のインスタレーション「10番目の感傷(点・線・面)」は十数カ国で展示されている。

瀬川晃

グラフィックデザインを軸に展覧会・学会の広報ツールからサイン、記録冊子までトータルにデザインおよびディレクションを行う。近年は食、交通、史跡など暮らしを取り巻く身近な環境とデザインの関わりに注力している。