« mtrlzng III » | 城一裕

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(撮影:来田猛)

『月の光に: 蓄音器のために -エドアード・レオン・ スコットとモホイ=ナジ・ラースローへ- (1860/1923/2015)

「再生する楽器であるグラモフォンから再生ではなく創造する楽器をつくること,そしてあらかじめ吹き込むべき音響なしにいきなり必要な溝をそこに掘り込み,そのレコード盤上で音響という現象じたいを発生させるようにすること」 モホリ=ナジ (1923)

これまでに,コンピュータ上で波形を描き様々な素材の上に直接溝として彫り込む,という技法を用いて(注1),このモホリ=ナジの提言を幾つかの形で具現化してきた(注2).

本作品では,1860年にフランスの発明家レオン・スコットが記録した(現段階で)人類最古の録音と言われるフランス民謡「月の光に」を,前述の提言と同時代の装置である蓄音器で奏でるべく,その高い針圧に耐えうる素材の吟味をおこなった.

注1.描画にはAdobe Illustrator,彫刻にはレーザー・カッター/ビニール・カッターを使用.詳細は「紙のレコード」の作り方(slideshare)を参照.
注2.マテリアライジング展Ⅱ(2014)での出展作品「断片化された音楽」等.


 

[essay: 情報と物質とそのあいだ]

 一般的にレコードというものは,音楽という情報を物質化したもの[中川, 2015],と位置づけることができるだろう.この物質としてのレコードを強く意識させてくれる試みとしては,複数のレコードを物理的に分割し,その断片を再構成して新たなレコードとして聴く,ミラン・ニザの「ブロークン・ミュージック」(1963−79)やヤン富田の「PREPARED RECORD」(1998)などがある.

 一方で,これまでに筆者がおこなってきたコンピュータ上で描いた波形を直接盤面に彫り込み,そこから音響を発生させるという一連の試みでは,音楽ではない情報(ベクトル画像)が様々な素材(マテリアル)を介して物質化され,そこから音が生じる.ここで描かれる波形は,サイン波に近似しているため(具体的には Adobe Illustrator の効果>パスの変形>ジグザグ>滑らかに),溝の上を針が進むことでいわゆる電子音のような音が聴こえることとなるが,実際にはあくまでも機械的に刻まれた凹凸を針がなぞっているだけであり,そこではシンセサイザーでみられるような電子的な音の生成は一切行われていない(コンピュータで作られている,という意味においてデジタルサウンド,ということは出来る).

 これまでの実践の中では,音響を発生させるための装置として,現在でも幅広く使われているレコード・プレイヤーを用いてきた.塩化ビニールを素材とした通常のレコードを再生するために作られたこの装置を利用して,紙や木,アクリルといった多様な素材(マテリアル)にレーザー光やカッターで刻んだ溝から音を奏でている.ここでは(音楽ではない)情報を物質化する上で,素材という多種多様な道筋があり,その選択は作り手に委ねられてしまう(ただし,塩化ビニールはレーザー光によりダイオキシンを発生するため,多くの場合利用を禁止されてしまうのだが).

 他方,今回の出展作品では,電子音として聴こえる音を電気の力を借りずに奏でるべく,電気的な増幅なしに機械的に音を拡声する蓄音器を用いることとした.結果,これまでに使用してきたほぼすべての素材(マテリアル)は,その針圧(レコード・プレイヤーが数g程度であるのに対して,蓄音器は100g以上)に耐えることが出来ず,針と素材の表面との摩擦によって動きが止まってしまうということとなった.現段階(5月初頭)では,まだ最終的な解法(マテリアライジング?)を見出だせていないのだが,情報を物質化する道筋の選択に,恣意性ではなく必然性をもたらしてくれるこの制約を,いまは肯定的に受け止めている.

参考文献
中川克志,第15章「音響メディアの使い方-音響技術史を逆照射するレコード」,音響メディア史,ナカニシヤ出版,pp. 281−302,2015.

 



◉[III]出展者プロフィール

城一裕
1977年福島生まれ。専門は音響学、インタラクションデザイン。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]講師。博士(芸術工学)。九州芸術工科大学大学院修了。日本アイ・ビー・エム(株)ソフトウェア開発研究所、東京大学先端科学技術研究センター、ニューカッスル大学Culture Lab、東京藝術大学芸術情報センターを経て現職。IAMASでの「車輪の再発明プロジェクト」では、実践を通じて歴史を読み替え、ありえたかもしれない「今」をつくりだすことを試みている。その他のプロジェクトとして、古舘健、石田大祐、野口瑞希と参加型の音楽の実践である「The SINE WAVE ORCHESTRA」、金子智太郎と生成音楽の古典的な名作を再演する「生成音楽ワークショップ」を共同主宰。 主な著書に『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生思考』(共著、フィルムアート社、2013)。
http://jo.swo.jp/


 

◉主な作品
III_jo[-断片化された音楽 / Fragmented Music,2014]

本作品は,レーザー光を用いてアクリル板に直接刻まれた溝を円弧状に切り出す,という手法を用い,各々の聴取者・演奏者がループするシーケンスに沿って物理的に音を組み替えることで,様々なリズムを生み出します.この作品は,チェコの作家ミラン・ニザックによる,破壊したレコードを再構成した作品「Broken Music」に影響を受けつつも(両者の繋ぎ目からは驚くほど似通った音響が生み出されます),楽器としてのターンテーブルの別種の可能性を示唆します.