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岩岡孝太郎 『knitting paper module < アミガミ>』

素材:バルカナイズドファイバー紙

デジタルファブリケーション、情報を物質に刻み込むことのできる工程- 膜状の作品は、ある窓に掛かるカーテンとして生まれた。この膜に求められるのは、暑い夏の日射を遮ることであり、流れ込む風を心地よく和らげることであり、隣人との適切な距離を保つことである。カーテン越しに外を眺める住人は意識することはないが、何気ない欲望の中に含まれる変数を情報として抽出し、コントロール可能なデジタルモデルに変換している。「暑さ・心地よさ・適切さ」の感覚値は、モデル内で「開口率・曲率・スケール」の変数に置き換えられ、欲望の度合いによってひとつの形が提示された。レーザーカッターで切り出されたカーテンの断片を手に取り、組立てているとき、それは外部化されて物質となった自らの欲望の断片に触れているときである。バラバラに分解された断片=ひとつのモジュールを手に取り、刻み込まれた情報を読み取ってほしい。

 


 

[essay: 情報と物質とそのあいだ]

“「情報」と「物質」を繋ぐ場をつくる “

「情報」を「物質」に刻み込み、手に触れられる状態に変換する機械・技術、デジタルファブリケーション。その技術は「情報」と「物質」という切り離された世界を繋ぐ手段を私たちに与えてくれる。レーザーカッター、3D プリンター、CNC ルーターなどのデジタルファブリケーションマシンは、小型化と安価化が進み、デスクトップサイズのマシンが登場するに至っている。進歩の只中にあるデジタルファブリケーションは、「情報は端末の中」、「物質は世界の中」にある存在という今日の認識と関係性を更新しようとしている。

身近になったデジタルファブリケーション

アーティスト、エンジニア、リサーチャーが最先端でさまざまな事例に取り組んでいるが、機会はすでに一般の人の手の届くところまでやってきている。先頭に立ってこの現象を推し進めているのが、MIT ビット・アンド・アトムズセンター所長のニール・ガーシェンフェルド氏だ。彼が設立したFabLab( ファブラボ) は、技術と知識を一般市民に開放し、デジタルファブリケーションのオープン化に挑戦している。一般市民のためのワークショップスペースFabLab は、世界中のラボが常時ネットワークによってつながっている。日本にも鎌倉、つくば、渋谷、北加賀屋と順次開設されている。私は現在FabLab の活動から誕生した、FabCafe( ファブカフェ) の運営を行っている。ラボよりも利用の自由度の高いカフェ形態をとって営業しており、毎日プ
ロフェッショナルからビギナー、またはカフェでく各々の時間を過ごすことを目的にたくさんの人々が訪れている。誰もが思い思いの材料を手に、得意な分野のデザインを施したデータを持ち寄り、デジタルファブリケーションマシンでアウトプットをを試みている。「情報」を持ってやってきては、「物質」を持ち帰る状況はとても興味深く、革命的な出来事がもはやカフェという誰が利用する日常空間の中で行われているのである。もちろんカフェで行えることには限界はある(当たり前だが、巨大で高性能な工業用デジタルファブリケーションマシンは、工場の中でずいぶんと昔から稼動してプロダクトを供給している)。しかしながら注目すべき大きな変化は、「目の前で情報から物質への変換が行われること」だ。作り手本人や周囲の人間をインスパイアしうるマジックのような瞬間が、これまで多くの場合ブラックボックス的に閉ざされていたからである。

コミュニティが加速するオープンデザイン

カフェというプロフェッショナルの現場ではない場所では、「情報」をデザインできる人と、「物質」をデザインできる人(そして彼らに興味を抱く人)が出会い、即時的にコラボレーションが発生する。ここではプロフェッショナルかアマチュアかの明確な境界はさほど重要ではない。大切なのはいかに偶然性を楽しむかであり、共同をつくりだせるかである。コーディネーションを行い、共同を促進できるファシリテーターが活躍する場である。アウトプットされたものの行き先は、趣味の範囲に留めておく必要はない。デジタルファブリケーションは、異なる状態である「情報」と「物質」を必要に応じて交換することを可能にする、「需要に制約を受けない生産技術」であるからだ。例えば、Instructables やThingiverse のようなオープンデザインコミュニティ
では、昔ながらのDIY とデジタルファブリケーションの特徴を良く理解し、融合された設計図の交換がユーザー間で行われている。

社会を変えるインパクト

生産と流通の関係性が大きく変わる分水嶺が、すぐそこに見えてきていると感じている。このインパクトは、産業構造や消費社会に波及していくことだろう。莫大なコストと環境負荷を発生させる「物質」の移動が減少すれば、地産地消的な、ものが必要とされる地域の資源の開発へ目が向けられる。平均化へと向かっていた物質社会は、再び地域性を評価し、多様性を表現することになる。豊かな森林を有する地域では、木材を加工するCNC ルーターが活躍するだろうし、砂を材料とする3D プリンターの発明は、砂漠を資源豊かな地域へと変えるだろう。デジタルファブリケーションがパーソナル化され、普及した未来がやってくる。FabCafe で日々実践されている「情報」と「物質」の変換の数々は、一つ一つは小さいが未来をたぐりよせる道の発見であり、その瞬間に立会いながら新たな可能性や仲間に出会えることはとても刺激的である。この場を整えることが今の私の役割である。

 



[略歴] (2013/06)

1984年東京生まれ。千葉大学卒業後、建築設計事務所で個人住宅や集合住宅の設計を担当。その後、慶應義塾大学SFC大学院田中浩也研究室に進学しデジタルファブリケーションの研究制作に従事。2011年株式会社ロフトワークに入社し、デジタルものづくりカフェFabCafeのディレクターを勤めている。

http://tokyo.fabcafe.com/


[主な作品]

iwaoka_01

Open (Re)source Furniture(2009年)
田中浩也+岩岡孝太郎+平本知樹