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土岐謙次 『七宝紋胎乾漆透器( しっぽうもんたい・かんしつ・とうき)』

この作品は乾漆技法を基本に制作しています。乾漆技法とは、粘土や木材で作った型に、麻や綿の布を漆を接着剤として幾重にも貼りつけ、厚みの整ったところで型から外し、さらに表面に漆を塗り重ねて行う立体造形技術です。古くは奈良時代から平安時代中頃まで仏像や伎楽面( ぎがくめん) などの彫像製作に用いられました。奈良県・当麻寺の乾漆四天王立像や、近年各地で公開され話題を呼んだ国宝興福寺八部衆像・ 阿修羅像などは奈良時代の乾漆仏彫刻の代表作です。この作品では、まず綿布を漆で固めた乾漆の平板を用意し、これをレーザーカッターで切り抜いた部品を漆塗りで仕上げた後に、連結させて立体造形を作っています。本来は表面装飾である七宝紋が立体構造そのものとなるプログラムをソフトウェア
(Rhinoceros+Grasshopper)で作成し、全体形状と七宝紋と影のバランスをダイナミックにデザインしています。


 

[ essay: 情報と物質とそのあいだ]

 

「こんな夢を見た」という書き出しで始まる漱石の小説「夢十夜」の第六夜にこんな話がある。

明治の世に運慶が仁王像を彫っている。いとも簡単に活き活きとした彫刻を行うその姿を見ていたところ、同じように隣で見物していた男が『なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない』と言っているのを聞き、そうかと思って、自分でもやってみようと、家に帰って木を彫り始めるのだが、何度やっても仁王が出てこない。『ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。』というものだ。

この話は、近代化に伴って伝統技術が失われていく様を象徴的に表現した、と解釈されることもあるようだが、モノ作りの本質的なことを示唆しているようにも思われる。

そこに仁王が埋まっているという情報は、熟練者にとっては、木と道具の手触りを通じて意味ある事実として関知されるが、未熟者にとっては無意味な抽象的なものに過ぎない。同じ道具、材料が揃っていてもそれらを操る経験や創造性の在りようによって、結果には雲泥万里の隔たりがある、そういうことなのだと思う。

 「データと3 D プリンターがあれば立体がつくれる」ということは一面では事実であるが、実際にはデータの取り扱い方によっては期待通りに出力されないことも多い。またその仕上がりは機材の物理的な設定にも大きく依存する。つまり、データと機材があれば誰でも同じように同じ品質のものが作れる、というわけではない。むしろ、データの扱いや機材の調整においては、デジタル技術固有の勘に頼る部分が多い。いわば「デジタルな手触り」とでもいうようなこの感覚は、その使い手固有の特徴として表れてくるものであり、一種の職人的な感覚とも言える。

材料や道具を扱う「匙加減」はアナログ・デジタルを問わずに存在する。手触りを通して物質から得られる情報にいかに応えるのか、というのがモノ作りにおける匙加減の本質だ。一方で、情報そのものから得られる情報に、いかにデジタルな手触りを感じるのか、ということもまた匙加減である。現代は情報と物質が直結した時代である。これらの匙加減はもはや不可分であり、その様相は時代と共に変化する、そういうことなのだと思う。

 



[略歴] (2013/06)

漆デザイナーメーカー。京都市出身。京都市立芸術大学美術研究科博士後期課程産業工芸・意匠修了、博士(美術)。2002年頃より三次元プリンターを使った漆造形作品の制作を行う。コンピュテーショナルデザインによる乾漆(麻布を漆で固める伝統造形技法)造形制作の他、構造エンジニアの金田充弘氏と共同で乾漆の強度実験を行うなど、古くて新しい漆の可能性を追求。文化庁派遣芸術家、2002-04年TheSurrey Institute of Art & Design, UniversityCollege研究員を経て2005年より宮城大学事業構想学部デザイン情報学科助教

主な経歴
2002 文化庁派遣芸術家在外研修員(イギリス)
2003 The Surrey Institute of Art & Design大学リサーチフェロー
2005~ 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科助教

主な展覧会
1998 個展 CAST IRON GALLERY、ニューヨーク
2001 土岐謙次展―あかい、水のかたちー、INAXギャラリー 東京
2004 CHALLENGING CRAFT Aberdeen、スコットランド
2008 Origin The London Craft Fair 2008 Somerset House、ロンドン
2010 会津・漆の芸術祭、福島県立博物館
2011 共創のかたちーデジタルファブリケーション時代の創造力、京都市立芸術大学ギャラリー・アクア
2012 「構造乾漆」展 連合設計市ヶ谷建築事務所(東京展)、阿部仁史アトリエ(仙台展)

主な作品収蔵
Victoria and Albert Museum(イギリス)
Canadian Museum of Civilization (カナダ)
アルゼンチン近代美術館・日本の家 (アルゼンチン)

http://www.kenjitoki.com


[主な作品]

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