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慶応義塾大学SFC 松川昌平研究室 『TG_Kit』

単位空間相互の位相的な隣接関係を表す隣接グラフと、その双対グラフである直方体分割グラフをあわせて「Topological Grid」(以下TG)と呼ぶ。現在松川研では、漏れも重複もないすべてのTG を列挙するアルゴリズムを研究・開発している。本展では、数学的に表現されたTG を実環境に翻訳するために開発された「TG_Kit」のプロトタイプを展示する。

TG_Kit は以下のような特性を持つ。

1. 多様な生命がたった4 種類の塩基で構成されるように、極力少ない種類の部分の組み合わせで多様な全体を構成できること

2. 遺伝子がタンパク質に翻訳できるように、TG で表現できる全ての軸組パターンを翻訳できること

3. 細胞が合成されると同時に分解されるように、軸組を組み立てると同時に解体できること

4. 応力が集中する部分の骨が太くなるように、応力に応じた部材断面へスケーラブルに変更できること

5. 圧縮力には圧縮に強い素材を、引張力には引張に強い素材を配置することで、多様な合成部材をアッセンブルできること

6 柱・梁・ジョイントという意味とそれらの建築エレメントがあらかじめ1 対1 対応しているのではなく、部分的な構成要素がある特定の構成となった時に柱・梁・ジョイントという全体的な意味が事後的に立ち上がること


 

[essay: 情報と物質とそのあいだ]

“情報と物質・人間・機械”

「組立が大変だよね」。あるアーティストに、できたばかりのTG_Kit の初期モデルをお見せした時に、最初に頂いた感想がこれだった。確かに大変である。なにせ、断面寸法が120×270 で長さが1800 の部材をつくるのに必要なピース数は約2000。その部材を組み立てるのに6 人がかりで9 時間を要したのだから。同じ寸法の木材をホームセンターで買ってきたほうが簡単だ。アーティストの感想をうかがった時、私自身もそう思った。でも、木材そのものって、本当に簡単に作られているのだろうか。

もし木材の内部構成を解像度を上げて見ていったならば、TG_Kit で部材を作るよりもはるかに複雑な構成のはずだ。木の立場にたってみれば、大変な時間と労力をかけて自らの内部構成を作り上げているに違いない。その複雑な内部構成が隠蔽されているからこそ、我々は複雑な情報処理をせずに、木材を簡単に扱えるのではないだろうか。ちょうどオブジェクト指向プログラミングでいうところのカプセル化のように。

確かに、衝突判定のアルゴリズムをわざわざ考えなくても木材同士は衝突するし、物理シミュレーションを実装しなくても応力がかかれば木材は変形する。人間の側が複雑な情報処理をしなくても物質の側がそれを担ってくれる。しかし逆にいえば、ユーザーがクラスで定義された以外のことができないように、我々は木材の物理的な内部構成を書き換えて鉄材にすることはできない。木材を鉄材にするためには、隠蔽された木材クラスの中身に踏み込んで、鉄材クラスにも使いまわせるようなメタ・クラスを書く必要がある。

作品解説にも書いたようなTG_Kit の特性は、従来物質の側が担っていた複雑な情報処理の一部を、人間の側が担うことによって獲得した特性だ。だから同時に冒頭の感想のような大変さも伴うことになる。TG_Kit はいわば建築部材のメタ・クラスなのだ。

物質の側が担っていた複雑な情報処理を、もう一度人間の側が引き受けることで拓ける建築の可能性と限界。そしてまた人間から機械へそれを移譲することで拓ける新しい可能性や限界もあるかもしれない。我々は、物質と情報を二項対立的に扱うというよりはむしろ、物質・人間・機械それぞれの特性に応じた情報処理のあり方について考えるべきだろう。

今後松川研では、人間が情報処理を行うには大変なピースのアッセンブルを、産業用ロボットアームで行うための研究をしていきたいと思っている。その研究が進んだらまた、同じアーティストに感想をお聞きしてみたい。

 



[略歴] (2013/06)

松川昌平研究室(000lab)は建築家・松川昌平の慶応義塾大学SFCの専任講師着任に伴い、2012年4月に立ち上がりました。建築設計、アルゴリズミック・デザイン、設計プロセス論を専門としながら、建築・都市の計算(不)可能性を探究しています。

http://000lab.com

松川昌平

1974年生まれ。1998年東京理科大学工学部建築学科卒業。1999年000studio設立。2009-11年文化庁派遣芸術家在外研修員および客員研究員としてハーバード大学GSD在籍。2012年より慶應義塾大学SFC環境情報学部専任講師。建築の計算(不)可能性を探究。アルゴリズミック・デザインの研究,実践を行なう。共著に『設計の設計』INAX出版、2011。訳書に『アルゴリズミック・アーキテクチュア』彰国社,2010。

http://000studio.com