(シアノバクテリア、ゲルライト培地、生物学論文、紙、フラスコ)2013-(2014年改作)
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池から採取したシアノバクテリア(光合成を行う細菌)が、切り絵を配した培地上で培養(culturing)され、ゆっくりと成長・運動しながら複雑なパターンを描いている。切り絵の素材は、バクテリアの動的な時間的パターン形成(体内時計)に関する、作家自身が著した実在の生物学論文(paper)の一部である。客観性を旨とする科学論文には、実際には強度の主観的見解、主体的観察の過程が刻印されている。この作品では、研究者の能動的行為を示す部分や一人称的な記述が切り取られ、バクテリアがそれにとって代わっている。論文の図の部分は敢えて残した。生物学の論文において図は重要な位置を占め、独特の表現様式が育まれてきた。このようにして、ここでは科学的表象としての図、工芸的な造形としての切り絵、ジェネラティブなバクテリアのパターンの三者の意匠と情報が、共存しながら絡み合う。なお、ある程度成長したら、シルクスクリーンのように紙部分を新たな培地に移植することで、パターンを不正確に複製すべく再利用できる。バクテリアが生きていている限りにおいて。
制作年:2009-2013
素材: 映像、写真、ミクストメディア
サイズ:9分41秒(映像)、φ250(写真7点)、50x50x50mm(立体)
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ヤドカリはその身体の成長に伴い、より快適な「やど」を見つけると引っ越しを行う。時には力の強いヤドカリに「やど」を追い出され不当な交換に応じなくてはならないこともある。 そこで、私の作った透明な「やど」をヤドカリに渡し、ヤドカリが気に入れば引っ越ししてもらった。 「やど」には、世界各地の都市が象られている。
この作品は、在日フランス大使館の解体イベントの展覧会”No Man’s Land”(2009)への出展を期に、制作をスタートした。 在日フランス大使館の建物は2009年に解体され、隣接する土地に新しい大使館が建てられた。その旧在日フランス大使館の土地は、2009年10月まで「フランス」だったが、以後50年間「日本」になり、その後また「フランス」になるという。この話に衝撃を受け、ヤドカリの「やど」を引っ越しする習性へとイメージが飛躍した。 同じ土地であるにも関わらず、平和に国が入れ変わっている事実と、中身は同じでありながら、背負う「やど」によって、すっかり見た目が変わってしまうヤドカリには共通項を感じる。世界各地の都市を模した「やど」へと次々と引っ越しをするヤドカリは、国境を軽々と越えていくようにも見えた。一方で移民や難民、国籍の変更や移住といったことも想起させ られる。
制作当初、球を丸くくり抜いただけのものをヤドカリに渡してみたが、ヤドカリから見向きもされず、CTスキャンで自然の貝殻の内部構造を計測し、3DCGで制作したデータを3Dプリンターで出力する手法を用いたことで、ヤドカリに選ばれる「やど」を制作することが出来た。
写真、家系図、生体(金魚)、水槽、ミクストメディア
2014年
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写真に収められた3匹の金魚は同じ両親から同時に生まれた兄弟である。
金魚は野生のフナを祖先とし、1700年間の品種改良を経て今日の姿となった人工生命体である。彼らは完全に愛玩・観賞を目的としてデザインされており、その多くは自然環境下で生き抜く力を持たない。『金魚解放運動』(2012~)では彼らの「野性」を取り戻すべく、金魚に逆品種改良(雑種交配や逆選抜淘汰)を施し、フナの姿へと逆行させ、人間の手から解放することを試みた。
一般に金魚の遺伝は不安定であり、親に似た子供は多くは生まれない。本作『兄弟(L1F202, L1F211, L1F213)』は金魚解放運動の過程で得られた、著しく姿形の異なる3匹の兄弟の姿を捉えたものである。
L1F202…赤く丸い体と大きな頭部、羽のような尾ヒレを有する個体
L1F211…現時点で最もフナ化に成功した個体
L1F213…小型の個体。フナ化が見込めないため、育成の初期に捨て池で過密
飼育した結果、極端に小さいまま成熟した
また水槽の金魚は上述の3匹の傍系であり、金魚解放運動の最新の成果である。彼らは生後3ヶ月の兄弟姉妹で、まだ各々の形質は明確に現れていない。このような姿から、固有の遺伝子と環境の差異によって、徐々にその個性が現れてくる。
金魚はキャンバスや絵の具、ディスプレイと同じく、一種の表現媒体である。金魚解放運動は金魚をフナに戻すという歴史の逆行を通して、その表現媒体としての特性とそれが我々に与える美的な効果を検証する実験とも言えるだろう。
2014年,デバイス各種
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ネットワーク時代における生命パターンとは,人工物への装飾である.
このプロジェクトでは,知的化する人工システムの感性へと働きかける,マシンリーダブルな生命性を考察する.
1.インターフェイス(中間領域) ― 人工的な生命システムの開発
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2.装飾される世界 ー 生命パターンと実装
映像協力:宮武孝之
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植物細胞は分化(機能がデザインされた根・葉・茎などになること)と、未分化(初期化された細胞塊)の間を比較的簡単に横断することができる。<Form> Synthesis(形状合成)とは、植物の細胞を初期化し、細胞間でやり取りされる情報を「ホルモン」「光」「酸素量」などを調節する事によって制御し、植物の形状をコントロールする試みである。
グリッド状の枠の中に並べられたニンジン組織は物理的な枠の制御を受けながらも細胞の個体差が結果として形状の差異を生む姿を見せ、生育条件のパラメータがそれぞれ違う4つの植物造形は、環境の制御と植物の自己組織性の間で出力された形と言える。コントロールすることによってむしろ顕著化するコントロールの利かなさは、ニンジンの持つ「野性」ともいえるのではないだろうか。
映像協力 :
蟹 西山雄大 大阪大学
粘菌 山千代真規 神戸大学
蟻 久本峻平 早稲田大学
金魚 石橋友也 早稲田大学
藍藻 東海林祐 早稲田大学
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“Time-poiesis”は3Dプリンターを用いて、樹脂を積層することによって複雑な立体を出力するメディアの特性を生かし、時間変化を物理的な造形として現前 させる試みである。今回は数種類の生物の動きと成長をとらえた定点映像の時間軸を高さに変換したデータを3Dプリンターで出力した。
結晶や地層、生物の発生など、時間変化は形態形成に深く関わりをもつ。我々の持つ時間概念は、全ての物質を通り過ぎて進むようなイメージを伴っているが、むしろそういった概念の方こそ、多様な生命や物質の刻む時間を我々自身の身体を通して解釈 、総合したものではないだろうか。
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「3rd Nature」は、東北地方太平洋沖地震と福島第一原子力発電所事故の後、我々の「自然」や「野生」という概念がどのように変化しているのかを調査していく、スペキュラティブ・プロジェクトである。
「#01 Moss Memory Machine」は自律した「メモリーマシーン」のプロトタイプ1号機。2013 年 11 月のプロジェクト開始よりプロトタイプが製作された。
このプロジェクトは、ポスト原子力時代に我々のテクノロジーと自然への欲望、そしてその関係性について思索することを目的としている。マシーンの完成後は、福島県の警戒区域内の道路などに苔を生やすペンキでテキストを書き続ける予定である。 時間が経過するにつれ苔で書かれた文字は現れ、苔の成長と共に自然の一部となり、我々の未来へのメッセージとなるだろう。
“物質と情報の界面としての生命”
– metaPhorest 岩崎秀雄
情報の起源を考えることは,おそらく生命の存在論的な起源を考えることと接近する。このことは,生命科学における生命の取り扱い方が,規範的な物理学や理学の考え方と逸脱する局面において,特に典型的に表れる。たとえば,生命概念には合目的性,自律性(主体性)といった特性が不可避的に言及される。無論,現在は生気論の時代ではないが,生体分子が織りなすネットワークは,生命システムの維持に本質的な「機能」を担うと解釈される。
生命をどのように機械論的に捉えようとしても,そこに私たちは「価値」「目的」を見出し続ける。いや,そもそも「機械論的」という捉え方自体に,価値や目的は埋め込まれているというべきだ。古典的な機械の目的や価値はユーザーが判断するものだが,生命システムの目的や価値はシステム自体に内包されると考えられる。この繰り込み構造自体が生命の「自律性」の本質の一つであり,同時に生命が本質的に「情報系」であることを逆照射する装置でもある。
生命において,情報(ビット)と物質(アトム)を媒介するメディアが生体高分子たちである。その象徴的な例とされるDNA(デオキシリボ核酸)。しばしばアルファベットに例えられる4種類の塩基によって,圧倒的な情報量を縮約させている。だが,実際のところ,私たちが驚くべきなのは,このことに加えて,まさにそうした情報系が情報系としていかに成立することになったのか,という問題である。それは,たとえば言語や貨幣といった「価値」「目的」そして「情報性」を担うシステムがどのように生じるのかという問いとよく似ている。
DNAが情報素子であるためには,それをデコードする装置が必要である。現存する細胞において,その担い手はRNAポリメラーゼと呼ばれる酵素であったり,クロマチンリモデリング因子と呼ばれるエピジェネティック因子群であったりする。それらもまたDNAにコード化されているのだが,「一番最初に」DNAという物質が情報素子に変化するに至ったのか,そこがよく分からないのである。最初から生命を情報系として書き下すことは極めて強力で重要な見方ではあるが,あまりにそれに見慣れすぎると,そもそも生命の記号性・情報性がどこから生まれてきたのかという問題に鈍感になってしまう可能性もある。それは,同時に「物質」の自明性にも鈍感になってしまう可能性にもつながりかねない。情報の物質化だけでなく,物質の情報化が同時に起こる場として「マテリアライジング」を捉えなおさなければいけないのだ。
生命は私たち自身が自らのうちに見出し,その外延として捉えてきた対象でもある。生命への言及に伴う情動的な言い回しや,死生観は,急速に展開する自然科学的生命象とどのような関係にあるのだろうか。この古くて新しい問いは,生命性の再現や表現を志向し続けてきた芸術・デザインの世界においても重要な問いであるはずである。
metaPhorestは、生命科学や生命論の展開を参照しつつ、「生命」を巡る美学・芸術(バイオアート/バイオメディア・アート/バイオロジカルアート/生命美学)の実験・研究・制作を行うためのプラットフォームです。2007年から早稲田大学先端生命医科学研究施設(TWIns)の岩崎秀雄研究室内に設置されています。生命に関わる表現に興味を持つアーティストやデザイナーが比較的長期に亘って滞在し、生命科学研究の現場で、実験設備やセミナーなどを科学者たちと共有しながら活動する機会を提供しています。それを通じて生命をめぐる科学と芸術の関係性、あるいはそれらの社会的・思想的・文化的な基盤について多面的に探究・表現することを重視しており、国内外のアーティストや研究者とも積極的に交流しています。所属作家には,国内外で活躍する美術家も多い。グループとしては生命美学展(早稲田大学),バイオメディア・アート展(アキバタマビ,3331),オープンスペース2013(NTT ICC),Tokyo Designers Weekなどで展示してきた。
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岩崎秀雄
生命科学研究者・造形作家。生命に関する科学と芸術の臨界,とくに生命を記述/体感/創造することと,芸術を言及/体感/具現化することの共振性に強い関心を持つ。バクテリアの時空間パターン形成の研究,生命リズムの科学思想史的研究,抽象的な切り絵の立体表現,微生物を用いた作品制作などを分野横断的に手掛け,それらの関連性を考察し続けている。著書に『<生命>とは何だろうか:表現する生物学,思考する芸術』(講談社現代新書)。1971年生。早稲田大学理工学術院教授,metaPhorest世話人
metaphorest.net/residents/artists/hideoiwasaki/38
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石橋友也
1990年生まれ。2014年早稲田大学大学院修了。生物学をバックグラウンドとし,生命観や自然観に関心を持ち表現活動を行う。金魚に逆品種改良を施し,その祖先であるフナの姿に戻すことを試みる《金魚解放運動》(2012~)や,かつて生命体の一種として捉えられていた鉱物,辰砂(HgS)を題材にした映像作品《Revital HgS》(2013)を手がける。最近の興味は「管理された野性」,「人は自然物からどのように表現を学んだか」など。
metaphorest.net/residents/artists/tomoya-ishibashi
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齋藤帆奈
有機体である我々の認識と創作の界面に浮かび上がる哲学的問いをテーマに表現活動を行う。理化学 ガラスの制作技法によるガラス造形や、生物、有機物等を用いて立体作品を制作。早稲田大学岩崎研究室招聘研究員。 2011年、多摩美術大学工芸学科ガラスコース卒業。2012年metaPhorest(早稲田大学生命美学プラットフォーム)参加。
metaphorest.net/residents/artists/976
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BCL (福原志保+Georg Tremmel+吉岡裕記)
BCLは,サイエンス,アート,デザインの領域を超えたコラボレーションを行うアーティスティック・リサーチ・フレームワーク。 2001年に英国Royal College of ArtのComputer Related Design修士課程(現Design Interactions)で出会ったGeorg Tremmel(ゲオアグ・トレメル)と福原志保により,2004年にロンドンで立ち上げられた。2007年に活動拠点を東京に移し,InterCommunication Center[ICC]やアルスエレクトロニカなどの国内外のミュージアムやギャラリーでの展示やコラボレーションを行う。特に,バイオテクノロジーの発展が与える社会へのインパクトや,水環境問題について焦点を当てている。また,それらにクリティカルに介し,閉ざされたテクノロジーを人々に開いていくことをミッションとしている。多摩美術大学情報デザイン学科を卒業した吉岡裕記が2014年からメンバーに加わった。
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吉岡裕記
アーティスト/バイオデザイナー。 2011年にLAMBDAプロジェクトを開始し、情報伝達とバイオテクノロジーの関わりをテーマに様々なジャンルのアーティスト、デザイナー、研究者とのコラボレーションを行っている。近年のプロジェクトでは、「非生物(鉱物)に生命性を見出す」ことをテーマに制作された映像作品《Revital HgS》や、3Dプリンターによって出力された彫刻作品《Time-Poiesis》シリーズでは、生物の移動の軌跡により「時間変化を物理的な造形とする」ことを試みている。2014年からアーティスティック・リサーチ・フレームワーク BCLのメンバーとしても活動している。
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石塚千晃
1987年生まれ。2010年多摩美術大学卒業。現在IAMAS在学中。
生物の自己組織性を造形手段に応用することを実践し、制作を行う。最近では組織培養を通して人工と自然の境界の曖昧さ、コントロールの届かない領域を体感しつつ、生物の操作における文化や倫理、ありえるかもしれない未来についてを考察している。2014年岐阜大学iGEMチームに参加。
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Goh Uozumi
AtomとBitを横断し,コンピュテーションやネットワークなどの理論を統合した造形活動を行うアーティスト.
世界をインターフェイスの振るまいとして捉える,という発想をもとに,アルゴリズミックなインスタレーション作品などを発表し,ネットワーク時代における創造性の再考やリアリティの拡張を試みている.また2013年より,先鋭的な人工物を生産・調査するフレームワーク「Artly」を開始.
主な個展に「OBSERVER N」2012年/YCAM,「F」2010年/ASK? Pなどがある.
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AKI INOMATA
アーティスト。1983年生まれ。2008年東京藝術大学 大学院 先端芸術表現専攻修了。早稲田大学 岩崎秀雄研究室 嘱託研究員。
生き物との恊働作業による作品制作を行う。
主な作品に「やどかりに『やど』を渡してみる」、「インコをつれてフランス語を習いに行く」など。